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上野千鶴子 『おひとりさまの最期』
評価:
上野千鶴子
朝日新聞出版
¥ 1,512
(2015-11-06)

『おひとりさまの老後』を読んだので、続編とも言うべきこちらも手に取ってみた。

 

増加の一途をたどる要介護老人、満杯の施設と長期入院を許さない病院、介護要員の慢性的な不足等々の事情から、政府の政策は今後さらに在宅介護の方向へ突き進んでいく可能性が高いと思う。

死に瀕した老病人にしたって、病院で機械につながれて胸骨が折れるような心臓マッサージを施されながら死にたいはずがない。

 

「在宅死の安らかさは病院死とはくらべものにならないと多くの在宅医が証言している」

 

そりゃあそうだろう。誰だって住み慣れた自宅で最期の時を迎えられるなら、それにこしたことはない。

でも、それは安心して任せられる在宅医の存在や介護力のある同居家族、さらに24時間体制の地域医療などの資源があればこその話。

上野さんの取材や調査をもとに、ここではどうしたら自宅でひとりで死ぬことができるのか、そのためにはどんな準備をしておく必要があるのかが今の時点においてかなり詳しく示されていて参考になる。

印象に残ったのは、「孤独死」などという謂れなき言葉を恐れない確固たる意思の重要さ。

意地ではなく(^_^;)意思だということをまわりにわかってもらう努力も欠かせない。心身耗弱の老齢でこういう意思伝達ができるかどうかは難しいところだけれど。

 

今朝、朝ドラの後の番組で、本人の意思と異なる延命治療を家族がしてしまうという問題を特集していて興味深かった。

日ごろから延命治療はしてほしくないとはっきり宣言していた老齢の母親だったのに、入院して食事がとれなくなり、このまま放置したら命が危ない、とりあえずここは胃ろうを作って栄養を補給して乗り切りましょうという病院の勧めに従った娘。そのうちまた症状が進み、呼吸困難を起こした母親に酸素を送るため気管切開をしてチューブが取りつけられた時にはもう医療側の勧めるままだった。あんなに延命治療はいらないと言っていた母だったのに、胃ろうもチューブもつけてしまって、親の意思とはまったく反対の最期になってしまったと後悔されている事例が報告されていた。

たとえ遺言であっても「延命治療はいらない」という漠然とした「言葉」より、呼吸困難で苦しむ目の前の親というリアルな現実が勝ってしまうのは仕方がないことなのだろう。

せっかく長い年月在宅介護してきたのに、終末期になって「命にかかわる事態が起こった時に対処できるか」の不安にどうにも抗しきれなくなって、土壇場で病院に送り込まれる老人も少なくないそうだ。本人の意思ではなく家族の意思決定。

そういう方向から見ると、家族がいない「おひとりさま」の方が自分で意思決定できる可能性は高いかなと思ったりもする。

ただし、意識不明なんかになってしまうともうどうにもならないけれど。(;´∀`)

 

 

posted by そよこ | 16:53 | 視聴読 | comments(0) | - |
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